「な……!」
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 突然刃物が肉に突き刺さるような音と甲高い金属音が大量に聞こえた、知覚できたのはそれだけ。呆然と振り向くと、先ほどまで逆側にあったはずの、バーサーカーの体。僅かにこちら側まで貫かれながらも、バーサーカーは全ての刃を肉体で止めていた。
 ――――刃?
 イリヤは腕の中にいるから大丈夫、遠坂は……アーチャーがその前に立ち、花弁のような盾でそれを防ぎきっていた。
 バーサーカーに目を戻す。既に死を迎えたはずの男は、とっくに輝きを失った瞳で俺にこう告げていた。イリヤを頼む、と。少しイリヤを抱きしめる力を強くしながら、答えるようにゆっくりと頷き――――視界の隅に、見覚えのある剣を捉えた。見間違いようのない、黒色の剣。
「セイバー!?」
 振り返ると、セイバーはまだ自由に動く右手をこちらに向けて投げ出し、倒れていた。何かを求めるかのように、あるいはその逆で手放すかのように。そのセイバーの口が、微かに動く。
 ――――シロウが、無事で、よかった。
 瞳は焦点も合わぬまま、セイバーは声にならぬ声でそう告げていた。バーサーカーが防ぎきれなかった刃を、剣を投げて相殺してくれたというのか。俺はおまえを守れなかったのに、おまえを犠牲にしてしまったのに、それなのにどうして。問いかける間もなく、セイバーは闇の中に沈んでいった。



   ――笑顔の向こうに――



「ふん……今回もセイバーは手に入らずか。(オレ)としたことが、出遅れたな」

 その声はバーサーカーの向こう側から聞こえた。砂になり消えるバーサーカー、その向こうに二人の男がいる事に気付く。一人は金色の鎧に身を包んだ男、そしてもう一人は……間桐、慎二。
「やあ衛宮、久しぶりだね」
 慎二は心底楽しそうな笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。今、自分が優位に立っているのをありありと実感出来ているからだろう。
「慎二、おまえどうして」
「ん? はは、桜もライダーもみんなどっかいっちゃっただろ? どうしたものかと思ってたらさ、こいつが僕のサーヴァントになったんだよ」
 慎二がゆっくりとこちらに歩いてくる。己のサーヴァントに絶対の自信を抱いているのだろう。実際、これほどの刃を……それも、宝具を降らせることのできる英雄など、いるはずがない。力の差は、圧倒的だ。だが。
「だからさ、衛宮……」
「慎二!」
「どうしたんだい衛宮、そんな――――」
 手を伸ばす暇さえなかった。宝具が一斉に、慎二に襲いかかる。あっという間に慎二はハリネズミのようになり、どうしてと声を上げる間もなく倒れた。大量の刃の下に、血だまりが出来ている。
 ……全てが、悪夢の始まりのように思えた。
「慎二!」
「興が削がれた。セイバーが手に入らぬなら、道化をおいておく意味もないのでな。わざわざ(オレ)が自ら手を下してやったのだ、雑種よ光栄に思うがよい」
 男が指を鳴らすと、刃が一斉に消える。おそらく回収したのだろう、そして後に残った血溜まり一つ。慎二、だったもの。そう思った瞬間、怒りが抑えきれなくなる。
「しかしつくづく惜しいな。もう少し早く来ればセイバーを(オレ)のものに出来たというのに」
 なんだ、こいつは。いったい、何を言っている?
 沸き上がるのは、ただ怒りだけ。でもそれは、慎二を殺されたことだけじゃない。むしろ、それ以上に――――セイバーを侮辱しているように感じられたことが、許せなかった。
「……おまえ」
 爆発寸前の怒りと共に一歩前に出ようとした瞬間。目の前に、赤い背中があった。
「おまえは先に行け。こいつは……」
 ――――オレが、倒す。
 その言葉にただならない憤りを感じ、俺はそれ以上前に出られなかった。どうしてこいつがそれほど怒るのかは分からない。ただ……こいつに任せるべきだと、そう思った。
「遠坂、イリヤ。ここはアーチャーに任せよう。俺たちがいる方が邪魔になる」
「……そうね。アーチャー、令呪を使い切ったわたしが言っていいいのか分からないけど――――」
「あいつを倒せばいいんだろう? 任せろ、奴は私が倒す」
「――――ええ、お願い、アーチャー。ガツンとやってしまいなさい!」
 そう言い残して遠坂は駆け出す。それに続き、俺とイリヤも駆けだした。大聖杯を目指して。



 再び暗い闇。遥か先に見える明かりを頼りに、ひたすら暗い通路を駆け抜ける。万が一臓硯が奇襲を図ってきても大丈夫なように、魔力回路は起動させっぱなしだ。その苦しみを忘れるよう、ただ走った。
 唐突に暗闇を抜ける。再び視界が広がった。だが、そこは……。
「これ……本当に地の底なのか?」
 思わず出た問いかけ。誰も答えないのは、全く同じ思いだからだろうか。
 果てまで数キロはあろうかという巨大な空間。その果ては全て岸壁になっていて、中心に黒い太陽が浮かんでいる。あれは……なんだ?
 近づくにつれ、その下にそびえ立つ黒い柱もまたハッキリと浮かび上がってくる。あれが大聖杯だろうか。もしそうだとしたら、どうしてあれほど邪悪な姿に見えるのだろう。
「この世全ての悪……まさか、自身が育っているなんて」
 大聖杯らしきものを見遣り、イリヤは愕然としている。
「この世全ての悪?」
「詳しく説明すると長くなるから、簡単に説明するけど……あの中にいる物こそが大聖杯を汚染した正体、そして影の本体よ」
 よく分からないが、とりあえずあの中にいるのがヤバイのだけはよく分かった。
 そしてまた駆ける。ここまで仕掛けてこなかった以上、おそらく臓硯は大聖杯のそばにいるのだろう。ならば、そこまで急ぐしかない。中心のすり鉢状の広場に至る直前、壁を乗り越えたとき。桜の姿をした臓硯が立っているのが垣間見えた。

 そして俺たちは臓硯と対峙する。遠坂は宝石をいつでも使えるように準備し、俺は木刀を構えて魔力を通す。対する臓硯は、こちらなど目に入っていないかの様子だった。しかしこちらがもう一歩踏み出すと、ゆっくりと視線をこちらに向ける。睨め付けるような視線と、嫌らしく口元を歪めた笑み。桜の顔をしてそれを行っていることに、怒りが込み上げる。
「ようやく来たようじゃな。少々待ちくたびれたが、概ね予想通りと言ったところかの」
 その一言と共に、臓硯は戦闘態勢に入ったらしい。千、万……いや、それを遥かに超えるような無数の蟲たちが、瞬時に臓硯の背後に浮かび上がる。まずい。一度に襲いかかられれば、あの数は防ぎようがないだろう。数十を一度に切り裂いたところでたかが知れている。せいぜい二、三度木刀を振るえればいい方だろうが、それでは焼け石に水だ。ならば、ここは……。
「わたしに任せて。あの気味悪い蟲たちを一気に焼き払って、そのまま臓硯も吹き飛ばすわ」
 遠坂が一歩前に進み出る。手には宝石。詠唱と共に周囲の魔力まで吸い上げていく。
「姉さん、どうして私をそんなに睨むんですか!?」
「――――止めなさい。桜の口を使ってそんなことを語って……吐き気しかしないわ」
 狙いを定めながら、遠坂は臓硯を睨み付ける。視線だけで人を殺せそうなほどの憎悪。だがそれも当然だ、家族同然の大切な後輩をあのように冒涜されたら俺でさえも憎しみを隠せない。遠坂にとっては妹なのだ、なおのこと……。
Anfang(セット)――――
 臓硯の周囲の蟲たちが、大蛇が鎌首をもたげるがごとく一斉に構えを見せる。互いに相手を睨み付け、視線が交わった瞬間最終決戦の火ぶたが切って落とされた。
「ほれ、小娘どもの肉を喰らってこい!」
Flammen tanzen(炎は舞う)――――Eileslave!!(斉射!!)
 襲いかかる蟲の大群。相手の規模は絶望的なまでに大きく、遠坂は濁流に呑み込まれようとしている小石のようだった。だが、詠唱の終了と共にきらめく閃光。続く轟音と共に、爆炎が天まで立ち上るのが見えた。
 遠坂の魔術は、とんでもない威力だった。広範囲から襲いかかる蟲たちを丸ごと、極めて高温の炎で焼き尽くす爆熱。……遠坂の凄さを改めて感じる。これだけの大規模な魔術を短い詠唱で成し遂げてしまうとは。
「カカカ、若いといっても遠坂の娘よの。一瞬にして全て持っていかれるとは思わなんだわ」
 一瞬にして襲いかからせた蟲のほぼ全てを焼き尽くされたにも関わらず、臓硯は余裕といった表情だ。まだまだ多くの手を隠し持っているからこその余裕に違いない。不思議なほどの静けさに足が進まない。
 明らかに、気圧されている。今までに感じたことのない不気味さを感じ、動くことができない。
 以前対峙したときは側にセイバーがいた。その存在の大きさを改めて感じる。魔術師と戦う恐ろしさ。かつて切嗣が語ってくれたこともあるそれが、初めて目の前にあった。
「ならば、こういうのはどうじゃ?」
 臓硯の言葉と同時に、その脇から一匹の蟲が飛び出した。小さなその蟲は一直線にこちらめがけて飛んでくる。
「ふん、こんなの……」
 遠坂が即座にガンドを発動させ打ち落とそうとする。無詠唱で打ち出された呪いの塊は見事、蟲を直撃し――――瞬間、泥が爆発した。
「きゃっ」
 飛び散る泥を避けようと遠坂が飛び退るが、僅かにスカートに付着する。瞬間ジュウジュウと焼け焦げるような音が立ち、そこには穴が空いていた。
「これは……」
「聖杯の中身。汚染された呪いの泥をを蟲に仕込むだなんて悪趣味なやり方ね、ゾウケン」
 聖杯の中身? この禍々しくどす黒い泥が、聖杯の中身だというのか。こんな呪いの塊が……けど、見覚えがある。十年前のあの火事の中。空から溢れ出て世界を汚していたのは、間違いなくこれではなかったのか。
「カカ、この程度の小手先芸では即座に見抜かれるか。じゃがまあ、それでも荷が重かろう」
 臓硯がニヤリと笑みを浮かべると、再び周囲に蟲が浮かび上がっていく。その数は先程の普通の蟲以上。迂闊に迎撃すれば、泥が襲いかかる……絶望的な状況に歯噛みするしかない。
「さて、どれだけ保つか……せいぜい足掻くんじゃな」
 言葉とともに臓硯が合図を出す。それに伴い周囲の蟲が一斉に、呪われた弾丸となって襲いかかってくる。剣を投影したところで間に合うはずがない。せいぜい一匹か二匹潰せて終わり。このままではどうにも――――。
 ――――瞬間、赤い背中が思い浮かぶ。そうだ、俺は一つ知っている。この瞬間を打開できる唯一のもの。投擲武器に対して無敵を誇る、最強の盾を――――!!

熾天覆う七つの円環 (ロー・アイアス)!」





   ―Interlude―



 遠坂凛達が――令呪を使い切ってなおそうだと認めるマスターが、過去の自分が、そのころ大切だったはずの人達が――駆けていく音を背にして、アーチャーは金色のサーヴァントと対峙した。無数の刃が宙に浮かび狙いを定められているにも関わらず、怯む様子はない。
「時間稼ぎか、無駄な足掻きもここまで徹底されれば賞賛する気持ちにならんでもない。全ての者が我が刃に貫かれる運命にあるとしてもな。……贋作者(フェイカー)、それでも(オレ)に刃向かうというのか?」
「その問いかけに意味はあるのか? 英雄王よ。まさか貴様ほどの英雄が怖じ気づいたわけでもあるまい。そのような愚問を呈する意味など有るのか?」
 傲岸不遜を貫く金色のサーヴァント――――英雄王ギルガメッシュに対し、アーチャーは呆れを隠さない。
「……贋作者(フェイカー)の分際でよく咆えるな。ならば出し惜しみはせぬ。王に対しここまでの無礼、その身から流す血で償え。疾く消えよ!!」
 英雄王が指を鳴らした瞬間、浮かぶ刃が次々と射出される。一つ一つが必殺となりうる力と概念を持つ宝具。風切り音でさえ重く鳴り響き、死を招かんと歌を歌っているようだった。そうして訪れる死の具現達を見据え、アーチャーは呟く。

 ――――I am the bone of my sword.

 奔る銀光は一斉にアーチャーへと届かんとし、しかしその瞬間突如現れた刃の群れによって打ち落とされる。完全な相殺。全ての宝具を複製し、アーチャーは英雄王の攻撃第一陣を凌ぎきった。
「貴様、贋作者(フェイカー)の分際で……!!」
 本物である自分の宝具を相殺され、英雄王は再び激昂した。怒髪天をつくような激情に身を駆られて更に多くの宝具を撃ち出そうとし、何かに気付いたように手に一本の剣を持った。それに合わせ、アーチャーは両手に干将・莫耶を構えようとし――――左肩の傷が、思いの外深いことに気付いた。
 英雄王が斬りかかってくる。本来ならばどちらか一方で受け流し、もう一方を叩きつければいい。だが……ライダーの釘剣が刺さり、その後も無理な動きを重ねた左肩は明らかに動きが鈍くなっていた。しばらくすれば回復するだろう、だがそれは今この瞬間ではない。
「チッ……!」
 アーチャーは舌打ちしながら、振り下ろされる剣を受け流す。しかし左手は思うように動かせず、受けに回らざるを得なくなる。技術力では明らかに相手を上回れるアーチャーだが、本来の動きができない今、相手との身体能力の差がそのままに響いてしまうのだ。筋力で圧倒的に上回る相手の太刀を次々と受け流し、あるいは受け止め、同時に襲いかかる宝具の群れを投影しながら相殺していく。ギルガメッシュの剣技自体は大したものではない。基本は縦、袈裟、薙ぎといったものを、気の向くままに繰り出してくるだけだ。だがその一撃一撃は重く、正面から受け止めるたび左肩がきしみ、血を噴き出させていった。
 今の段階では、全てにおいてアーチャーの方が不利だった。宝具を取り出された瞬間それに合わせて投影する必要があり、そちらへの集中から剣戟の支配権を奪えずにいる。このままではいずれ、潰される――――!!
 次の瞬間、初めてギルガメッシュが違う動きに転じた。袈裟切りに行くと見せかけ、真っ直ぐに突きを放ってくる。それは決して速くもなく、鋭くもない一撃。だが突然の変化と持つ剣の力が、必殺の一撃に変化させていた。
「クッ!」
 両手の陰陽剣を交叉させ、それらを砕かれながらも吹き飛ばされるにとどめる。だがそこに生まれたのは、絶対的な、隙。
「思いの外楽しませて貰ったことには感謝してやろう、褒美に手は抜かん」
 浮かぶ宝具は100を超えようとしていた。それらが一斉に鎌首をもたげる。
「これで終わりだ。失せろ、贋作者(フェイカー)
 英雄王が指をパチリと鳴らす。瞬時に宝具の群れはアーチャーへと飛びかかる。ダン、ダン、ダンと重い音を鳴らし、死の刃がアーチャーの居る場所に突き立った。

 だが。

「む?」
 英雄王は首を傾げた。己が愛する宝具達が突き立った場所には何もない。逃げる隙を与えたつもりはなかったが……と疑問に囚われながら辺りを見回そうとした瞬間、嘶きが聞こえた。それも、遥か上から。

 ライダーの駆る天馬が英雄王を見下ろしていた。



「これは……」
「遅くなってすみません。直撃は避けたにも関わらず、アレの宝具はかなり深い傷を負わせてきました故」
 ライダーは天馬の後ろにアーチャーを乗せ、英雄王の様子を眺めている。
 しばらく前。アーチャーがライダーに突き立てた刃は、契約解除を強制的に行う一種の宝具だった。強制的に桜との――臓硯との、と言うべきか――契約を解除されたライダーは、単独行動のスキルにより辛うじて消えることなく残っていた。全力戦の決着、突然の英雄王の襲来。辛うじて動き出せたライダーは、雨のように降った刃を足に掠らせながらも逃げ延び、静かに機会を窺っていたのだ。
「助かった。あのままでは意味もなく奴に潰されてしまっていただろう。しかし……」
 そこで一旦アーチャーは言葉を切った。英雄王がこちらに気付いたのだ。何か罵るような言葉を吐き出しながら、宙に浮く刃が次々とこちらに向けられる。その気配を読み取ったライダーは、慌ててペガサスを走らせた。次々と襲いかかる刃。そのどれもが、直撃すれば今のライダーの存在を吹き飛ばしかねないほどの概念を持っている。だからひたすらランダムに動き、横滑りも見せ、それらを避けていく。しかし、それにもまた限界がある。面を一斉に潰すような大量の宝具の射撃。それを見た瞬間、避ける術はないとライダーは悟った。幾多の閃光が一斉に走ってくる。なんとか避けようと必死に動き、だがそれでも間に合わず一本に貫かれそうになり――――アーチャーの投影した宝具が、それを相殺した。
「……ふう。ライダー、余力は後どれほど残っている」
「しばらく飛び回り、宝具を一度使うことがせいぜい。宝具を使ったが最後、魔力が尽き跡形もなく消え去ることになるでしょう。そちらは」
 言外に、差し違えてでも英雄王を倒すというライダー。しかし自信があるわけではないのだろう、不安の色が言葉にまで表れていた。一方のアーチャーは、先程まであれほど押されていたにも関わらず余裕を取り戻している。距離を取ったことで有利に戦う方法へと思い至ったのだろうか、それとも無理に平静を装うとしているだけなのか……次の言葉で、ライダーは前者だと判断した。
「確実とは言えないが、宝具を使えば勝機はあるだろう。だがそれには少々時間がかかる」
「それは頼もしい限り。……時間を稼ぎます、ですからその間にあのサーヴァントを倒せるよう準備を。アレをサクラの居るところまでは辿り着かせません」
 倒せる策があるなら、そのお膳立てをするのみ。ライダーは手綱を握り直すと、天馬に速度を上げさせた。隙あらば英雄王へと襲いかかってでも、時間を稼げるように。

 "――――I am the bone of my sword."

 ライダーに防御を任せ、アーチャーは内面世界に没頭する。詠唱を始めれば、速度も、紙一重で通り過ぎる刃も気にならなくなっていた。

 "Steel is my body, and fire is my blood."

 思い出すのは生き方。この世界とは違う、別のエミヤシロウの戦い。

 "I have created over a thousand blades."

 死を迎える前も、そして死を迎えてからも絶望は共にあった。少しでも多くのものを救おうとし、それでなお掌からこぼれ落ちていく者たち。だが戦い続けた。

 "Unknown to Death."
 "Nor known to Life."

 誰にも理解されない生き方。裏切られたときも、それだけで悔やむことはなかった。選んだその道は、届き得ぬ理想と同じものだったから。だからひたすらに走り続けた。

 "Have withstood pain to create many weapons."

 守護者となり、更に見せつけられる破滅の数々。いつしか心は摩耗し、自身の消滅を願い続けるようになっていた。何故全てを救える力がないのかと嘆きながら。それでもなお、剣を振るい続けることしかできなかったのだ。目の前には救わなければならない者たちがいたのだから。

 "Yet, those hands will never hold anything."

 そして呼ばれたこの世界。かつてアーチャーが辿った道とは違う道を歩もうとしている衛宮士郎。違った可能性を持ってしまった別個の存在は、たとえ己の望みとは違う方向を向いていようと、一つの希望となる。こうした可能性の中にはいつか、私では出来ぬ事を成し遂げ、エミヤという存在そのものを書き換える、全てを救える者が現れるのかもしれないと。
 ならば今はただ、私の在り方をここに示そう。破滅を防ぐために、未来へと走り行く背中を守るために――――。

 "So as I pray, unlimited blade works."



 詠唱が終わった瞬間炎が走り、この大きな空洞を塗り替えていく。そこは錬鉄場。空には歯車が回り、荒野は無数の剣で埋め尽くされている。

「これは固有結界――――!」
「そうだ」

 肯定の言葉を返し、アーチャーは天馬から飛び降りる。
 ――――舞台は整った。後は最後まで己の役割を演じ切るのみ。凛たちを、守るべきものを守るために奴を倒す!

「あまりに不快な雑種だ。贋作者(フェイカー)というだけでも万死に値するのに、このような形で(オレ)に刃向かおうとはな」
「その余裕は命取りになるぞ。生憎だが、私は貴様のような相手を一番得意としているからな。

 ――――行くぞ英雄王。武器の貯蔵は十分か?」



 瞬間、英雄王とアーチャーは互いに数十もの宝具を打ち出す。それらは瞬時にぶつかり合って相殺し合い、終わりを迎えていく。壊れ、瓦礫の山を築いていく宝具の山。英雄王は憤りを隠せない。こちらの方が本物である分だけ強いはずなのに何故相殺されるのか、と。
 その仕掛けはごく単純だ。既に存在しているアーチャーの剣は一歩早く射出され、より相手に近い側でぶつかり合う。そのため僅かな威力差で英雄王の方が打ち勝っているにも関わらず、傍目には互角であるように見えるのだ。しかしそれを見抜くだけの余裕がない。気付かれれば負ける、それを知っているアーチャーは相手に余裕を与えぬよう畳み掛け、同時に手元にも剣を呼び寄せて斬りかかった。
「クッ……何故(オレ)がこうも押されるというのだ!」
「喋っている暇があったら剣を構えた方がいいぞ?」
 アーチャーが次々と剣を手元に呼び寄せては斬りかかり、英雄王はなんとかそれを同じ宝具を取り出して防いでいく。だが一手ごとにその差は開いていく。
「ク、この場はお前が強い――――!」
「逃がすか!」
 後退しようとする英雄王を更に追撃し、アーチャーは新たな剣を呼び寄せ斬りかかった。

 だが。

「……チッ」
 必殺を期したはずの一撃はしかし、黄金の鎧にはじき返される。別の剣ですぐさま斬りかかるが、それもまた同様。傷は与えられるものの、刃は肉体に届かない。そうして数度斬りかかり終えたとき、英雄王は再び余裕を取り戻した。
「残念だったな贋作者(フェイカー)、所詮紛い物は紛い物よ!」
 首を刎ねようとするアーチャーの剣を籠手で受け止め、英雄王は一本の剣を取り出す。それは三節に別れた棒のようにも見える、不思議な形状の剣。
「クッ――――!」
 慌ててアーチャーは後ろに跳び退る。あれは流石にまずい。発動させてはまずいのだが、手に取らせた時点でもう遅いのだ――――!

「所詮贋作者(フェイカー)か、これの恐ろしさまでは見抜けても真似できぬだろう? これは(オレ)が唯一相棒となることを認めた剣、贋作者(フェイカー)ごときでは決して見果てぬ夢よ!」

 英雄王が剣を構えた瞬間、世界が振動した。
 吹き荒れる暴風。竜巻など比ではない、世界を一つ破壊しかねないほどのエネルギーが巻き起こる。まだ構えただけだというのにそれほどの影響を世界に及ぼす剣。
「どうだ贋作者(フェイカー)、我が相棒であるエアは。(オレ)にこの剣を抜かせた褒美だ、その威力を存分に味わうことを許す!」
 剣を振り下ろされれば負ける。それが分かりすぎるからこそアーチャーは焦った。固有結界の中に存在する剣を次々と飛ばす。その一本一本が宝具であり、後には何も残らぬ完膚無きまでの破壊をもたらすはずなのだが……全ての刃は英雄王の金色の鎧に阻まれ、あるいは弾かれあるいは折られ残骸の山を作っていく。

天地乖離す(エヌマ)――――」

 乖離剣が軋みを上げ、その力を顕現させようとする。あれを振り下ろさせてはならない、アーチャーは全ての望みをかけ、自身の知る中で最高の剣――――彼女の剣、選定の剣を飛ばす!
「私が盾となります! 必ず――――奴を、倒してください」
 ライダーがアーチャーに言葉をかける。英雄王を倒せるといったアーチャーの言葉、それを信じているのだ。それが何故なのかは彼女自身にも分からない。そのような感情が生まれるような信頼関係などないが、それでも……ライダーは、アーチャーを守る方が英雄王を倒せる可能性が高いと信じた。
 英雄王の鎧は生半可なものではない。最高ランクの対城宝具をもってしても、その概念と強固さで防がれてしまう事も十分ありえるのだ。騎英の手綱(ベルレフォーン)で乖離剣発動直後を狙っても、面となって攻撃する性質上の問題から英雄王を倒せるかどうかは分からない。それよりは一点突破により鎧を貫くアーチャーの戦法の方が可能性があるのではないか。ライダーは、その一点にかけたのだ。

騎英の(ベルレ)――――」

 同時にアーチャーの放った黄金の剣が届き――――ズン、という音ともに英雄王の鎧に突き刺さる。しかし英雄王はそれに気付く様子さえなかった。まだあの剣は鎧の表面に刺さっただけ、英雄王の体には届いていない――――!

「――――開闢の星(エリシュ)!」

 乖離剣が振り下ろされる。暴風はそのエネルギーを爆発させ、放たれるエネルギーに世界の方が軋みを上げる。一つの世界を相手にするような、圧倒的な力。天と地を切り裂いたその力が、世界の原初の地獄がアーチャー達へと向かった。

「――――手綱(フォーン)!」

 ライダーも宝具を発動させ、果敢にも乖離剣へと真っ向から向かっていく。竜種に匹敵するその一撃はしかし、象に立ち向かう蟻でしかない。だがそれでもライダーは止まることを知らない。桜のためにも、この一撃になど負けられないのだ――――!

熾天覆う七つの円環 (ロー・アイアス)!」

 瞬間、アーチャーも己の持つ盾を全力で具現化させ、全ての魔力を注ぎ込む。相手が投擲武器ではないものの、それでもなおこの盾はアーチャーの知りうる限り最強の盾。七枚の花弁がライダーの前で盾となり、圧倒的な破壊へと立ち向かう。
 アーチャーが必死で己が全魔力を七枚の花弁に注ぎ込み、ライダーが存在に必要な魔力まで全て攻撃に転じて対抗する。世界を変貌させるほどの力とのぶつかり合い。花弁がまた一枚、また一枚と打ち砕かれていく。だが、最後の一枚は砕けない。圧倒的な奔流さえも押し返し、徐々に徐々にライダーは英雄王へと近づいていく。
「馬鹿な!? (オレ)のエアが押されているだと!?」
 英雄王は焦りを見せる。だが、もう遅い。既にライダーの天馬は英雄王の目の前まで迫っている。
 ビシッと音を立て、花弁にひびが入った。まだ相殺しきれぬ乖離剣のエネルギーを受け、最後の花弁も徐々に崩壊していく。そして完全に砕け散った瞬間。ライダーの天馬が直接奔流へとぶつかった。激しいぶつかり合いは刹那の間、その一瞬でライダーの天馬は英雄王へと届こうとし――――
 ぞぶり。
「グッ……なん、だと!?」
 既にその魔力を使い果たしていたライダーは最後、英雄王の鎧に付き立っていた黄金の剣を押し貫かせたところで消え去った。この瞬間を逃すものかと、アーチャーもまた残りの魔力を振り絞り英雄王へと疾走する。それを見た英雄王は再び乖離剣を発動させようと構えるが、遅い。振り下ろす前に、アーチャーの伸ばした手が黄金の剣へと届く。
 その柄を握った瞬間、アーチャーの脳裏に摩耗したはずの記憶がよみがえる。彼女と共に、この剣を振り切った時のことを。その剣を借りることを心の奥底で詫びながら、初めて投影したものと同じ剣……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)の力を解放させる。真名の解放などできないが、すべき事はただその力を解放させるだけ。それならば何も要らない、ただこの剣を握り更に押し込むだけ――――!
「おのれ、雑種風情が――――!!」
 暴発させるように乖離剣が力を解放する。次の瞬間、アーチャーもまた消えてしまうことになるだろう。だが。
 アーチャーが更に剣を押し込んだ瞬間黄金の剣が閃光を放ち、英雄王を内部から焼き尽くす!

 内部から焼き尽くされて絶命し、英雄王の手から乖離剣が滑り落ちる。発動しようとしていたエネルギーが行き場を失い、そして――――。

 爆発。

 爆風に吹き飛ばされ、アーチャーは地面へと叩きつけられる。しかしそれも客観的に知覚できただけであり、もうアーチャー自身の姿も消えようとしていた。
 心残りはある。出来れば最後まで凛を、未来を切り開こうとする者たちを守りたいと願う。だが、それも出来そうにない――――それが残念だと、アーチャーは一瞬表情を曇らせた。だが。
 強敵は倒した。後はきっと、彼女たちに任せても大丈夫だ。だからきっと、これで守るべきものは守れたのだ。そう思うと自然と笑みが浮かぶ。
 守るべきものを守れたという満足感。守護者の道を歩み始めて以来おそらく初めてであろう感覚に僅かな喜びに満たされ、笑顔を浮かべながらアーチャーは消えていった。



 それからしばらくして。
 何事もなかったかのような静けさを取り戻したこの場所に、一つの足音が響いていた。



   ―Interlude Out―





第9話に戻る
第11話に続く

(初版:06/17/2006)




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