遥かなる古の時代から、人は富を求め続けてきた。
 それは時に醜い争いを生み、故に邪な思いが混じるものとされ、金は魔の色となった。
 だが、はたしてそれだけか。
 魔の色とされる一方で、常にその色はまた人々に求め続けられてきた。
 なぜならその色は誇り高き者と組み合わさった時に変貌を遂げるからだ。
 憧れの対象であり、人々が求め続けてきたもの。
 その力は良き方向に向けられれば逆に、救いとなった。

 そしてここに一本の剣がある。
 刀身は黄金。
 王となる者にしか引き抜けないというこの剣は、王となる者に相応しい輝きを持っていた。
 その剣が願いしことはただ一つ。
 勝利。
 人々が求めてきた救い、それをもたらすために必要なもの、勝利。
 それを具現化するためだけに、かの黄金の剣は存在する。
 願いしは勝利、その想いは純粋にして高貴。
 故に黄金。
 純粋な人々の願いから生まれたただ一つの剣。

 その名を、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)といった。



   ――笑顔の向こうに――



投影、完了(トレース・オフ)――――!」
 光が収束し、黄金の刀身が姿を現す。

 ――――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

 彼女が……セイバーが本来持つべき剣。しかし失われてしまった剣。それが今、この手にある。
 投影した瞬間、いくつかの神経が焼き切れるような痛みが走った。本物を見たこともない剣を投影したのだ、無理がかからないはずがない。それでも他に手はなかった。この剣を投影しなければ言峰には勝てない。だから投影できただけでも僥倖というものだろうか。
 投影できたのはきっと、セイバーのおかげだ。夢の中で朧気にしか見えていなかったはずの剣が、クリアに頭の中で思い描けた。投影する時も、内側から支えてくれる存在のようなものを感じていた。最後まで助けてくれた、そのことに感謝したい。

 言峰が走って向かってくる。その速さも驚異的だ、動かなければ次の一瞬には黒鍵で心の臓を貫かれて命を落とすだろう。自身の力だけで戦おうとすれば勝てない。だが現実は違い、既に間に合っている。もうこの手に、彼女の剣があるのだ。
「言峰……頼む、剣を引いてくれ。俺はお前も助けたいんだ」
 言峰が繰り出す黒鍵を、軽く弾く。流石セイバーの剣、持ち主の動きはまねるのが半端ではなく難しく、しかしそれを真似するだけでずっと有利になる。俺には向いた剣ではない、だが今はこの剣でなければ勝てない。だから剣の動くままに連続で斬りかかる。
 一撃、二撃。金色の軌跡は相手の銀光を砕き払い、その度に言峰は後退り、徐々に追い込まれていく。
「私を助けるだと?」
 鼻で笑う言峰に対し、俺は軽く首肯する。
「俺がなりたいのは、全ての人を救える正義の味方だ。全ての人々が救われる選択肢を選べる、正義の味方だ!」
 さらに仕掛ける追撃。一撃一撃、彼女の剣は力強く言峰の剣をはじき、追い込んでいく。ずしりとした重い衝撃。だがそれ以上の重みがあるのか。言峰も両手で黒鍵を振るって応戦している。
「ク……躊躇わず私を切ればよいのだ、衛宮士郎。十を助けるために一の犠牲を選ぶ、それこそが正義の味方というもの。私という悪を滅ぼし正義の味方となるこれ以上ない舞台、これこそがお前の本来望みだろう?」
「違う!」
 その問いかけはあの時、逃げ出したのと同じもの。理想と現実は必ず衝突する、そんなのはわかっている。だが……それを覆さなければならない。覆すんだ!

 ――――あの日、夜の公園で。それを教えてくれた、彼女のためにも。

「全てを救えないなら正義の味方じゃない。俺がなりたいと思ったのは、全てを救える結末を導き出せる、正義の味方――――!」
 少し大きく振りかぶった一撃。刃の根元へと叩きつける。あっけなく根元から折れる黒鍵。瞬間そこから右手が離れ、その手が握り締められる。繰り出される拳。肘で断とうとする剣。必死で力を込め軌道を変える。向かう先は、拳。剣の腹で叩きつけ、真正面から叩き潰す。そして返す刀は残された柄へ。叩き潰し、刃を生み出せないよう。そして止めと唸る黄金の剣。大きく心臓へと突き出されようとするその剣を――――必死で跳び退ることで押し止めた。
 剣を正眼に構え見据える。言峰は呆然としていた。一瞬で無力化されたことで、呆気に取られたのだろう。僅かな間があって、漸く事態を飲み込めたのか言峰に表情が戻った。
「もう一度頼む、言峰。ここで引き下がってくれ。今は何とか止められたけど……多分、次は剣を止められない」
 それは偽らざる本音だった。黄金の剣はあまりに強いが、しかしそれゆえに扱いきれない。先ほど止められたのも、綱渡りでしかなかった。次はおそらく、止められないか……あるいは、俺が殺られるかだ。
「……お前は何者だ」
 初めて言峰の表情に恐れのようなものが浮かんだ。それで一瞬、引いてくれるかもしれないという期待を覚え……飛び掛ってきた言峰に、それをかき消された。
「くっ……!」
 まずは距離を取ろうと構えたまま後退り、だがそれよりも早く言峰は近づき――――剣はそのまま動かない――――刀身はあっさりと、言峰の胸へと吸い込まれるように突き刺さった。同時に閃光が走り、言峰を内部から焼き尽くす。
「言……峰……?」
 勢いそのまま地面に倒れこみ、胸に剣を生やしたまま立っている言峰を見る。そこには笑顔が浮かんでいた。
「ククク……いい表情だ、衛宮士郎。数瞬前までの希望が絶望に変わった、理想を挫かれた者の嘆きだ」
「……まさか、それを見るためだけに。殺されることを選んだのか……?」
 ……狂ってる。そんな馬鹿げたことで破滅を選ぶなんて狂ってる! そう思っても、既に終わったことだった。
「どうせこの身は朽ち果てることを免れぬのでな。ならばせめてと思ったが……ふむ、期待以上の反応を見せてくれたよ」
 その言葉を最後に、言峰は崩れ落ちた。嫌なほどにあっさりとした一つの終幕。理想が決して叶わない現実を見せ付けられながら、俺はただ呆然とするより他なかった。







「シロウ……」
 イリヤの声で、放心しかけた状態からすぐに立ち直る。
「イリヤ、大丈夫だったか!?」
 先程の苦しんでいた様子を思い出し、慌てて振り返る。だが、そこに立っていたのはイリヤ一人ではなかった。イリヤの左右に立つ二人の女性。見覚えはないが、その様子から見ると……イリヤの従者か何かなのだろうか。
「リズ、お願い」
 その言葉と共に、女性の一人が俺の方に近寄ってきて……突然、俺を掴み上げ、肩に抱えた。
「うわっ、な、なんだ!?」
「動く、落ちる。シロウ、危ない」
 暴れるな、と言いたいんだろうか。とはいえ突然抱え上げられては、わけが分かったものではない。
「イリヤ、これはどういう――――」

「動かないで」

「――――!?」
 ……体が、動かない。
 イリヤの一言を聞いた瞬間、全身から「動く」という機能が失われたかのように動けなくなった。動こうとしても動けないのか、それとも動こうとも思えなくなっているのか、それさえ曖昧な感覚。全身の力が抜けて四肢がだらりと垂れ下がっているのが分かる。視界にはリズと呼ばれた女性の背中と、その先に……未だ起きあがれないらしい遠坂の姿が見えた。どうやらこの女性は遠坂の方へと歩み寄っているらしい。その距離が徐々に近づく。そして続く、ぐらりとした揺れ。女性が反対側の肩に遠坂も担ぎ上げたようだ。
「じゃあリズ、お願い」
「うん」
 その言葉と共に、視界の隅が急速に動き出す。どうやら走り始めたらしい、出口の方へ。何がなんだかわからない。どうして俺はこの場を去らされるのか。イリヤは何をしようというのか。しかし表情を見ることさえできない。動かそうにも、指一本動かないのだ。だからそこにあるのは嫌な予感のみ。必死で体を、喉を、動かそうとする。

「――――――――!」

 ――――動け、このままだと手遅れになる。

「――――――――!」

 ――――動け、そうしないと間に合わない。

「――――――――!」

 ――――動け、動け、自分の体なんだ、動け――――!

 ギチギチ。

 金属が鳴らすような摩擦音が聞こえ、瞬間僅かに体が動いた。必死でイリヤの方へと顔を向け、叫ぶ。
「イリヤ――――!!」

 向けられた、小さな背中。遠く離れたせいか、ますますその姿が小さく見える。そんなイリヤの肩がピクリと震えた。今ならまだ聞こえる、だからせめてもう一度その名前を呼ぶ。叫ぶ。

「イリヤ――――!!」

 振り向いた、白銀の少女の顔。

 紅い大きな瞳のその目から涙が溢れそうで、溢れそうでどうしようもなくて……それでも、誇り高い。

 そんな、笑顔だった。






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第13話後編に続く

(初版:11/25/2006)




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