当初は呆然としていた遠坂が、我に返ると同時に声を荒げた。
「何を考えているのよ、アーチャー!
アンタ、マスターに向かって刃向かうなって前に令呪で……」
そこではた、と気付いたように遠坂は顔をゆがめた。
「ああそっか、わたしはもうマスターじゃなかったわね。
――なら、貴方は何者?」
その言葉を聞き、アーチャーらしき男は口元をゆがめた。見ていて本当にいやらしく、憎しみを覚える笑みだ。挑発なのだろう。それでも怒りを感じずにいられなかった。
「ふん、なるほど。どうやらこの世界では聖杯戦争に私が呼ばれたわけか。
ずいぶんと腑抜けだったようだが……同じ私だとはいえ、少々悲しいものがあるな」
「――アンタ、今、なんて言った?」
遠坂の声は震えている。俺だって今の言葉にはかなりキたが、アーチャーと組んでいた遠坂にとってはますます耐え難いものだろう。事実、遠坂は憤り全身を震わせていた。
「アーチャーは間違いなく最高の相棒だったわ。
たとえ同じ英霊だとしても、いえだからこそ、辱めるのは許さない!」
遠坂が男を睨みつけ、一歩踏み出す。
「だったら、どうするというのだ?
――相変わらず君は、魔術師らしくないな。遠坂」
「――――え?」
遠坂が疑問の声を上げるのと同時だった。男の背後に無数の剣が浮かぶ。それはまるで、かつてセイバーと対峙した英雄王を思わせ……
まずいと思った瞬間には無数の刃が遠坂に向けて放たれていた。
「遠坂!」
何かを投影しようとして、役立つものがないことに気付く。俺に作れるのは剣のみ、盾など元々持っていない。
だが俺の危惧とは裏腹に、刃は全て遠坂には掠りもしなかった。ただし、全ての刃が彼女を囲み、檻を形取ってはいたが。
「しばらくそこで見ていろ。
――俺が、俺に殺される瞬間を」
男がいつか見たのと同じ双剣を手に取った。そしてこちらの動きを待っている。
「俺、だと?」
疑問を口にしながら投影を開始する。対象は彼女のための剣。今俺が手に出来る中では間違いなく最高の剣だ。少しでも本物を再現できるよう、相手の動きを注視しながら工程を進めていく。
「一応答えておこう。英霊エミヤ、それが私の名だ」
Fate/stay night SS 剣をこの手に
エミヤが夫婦剣を構えるのと俺が剣を投影し終わるのはほぼ同時だった。
英霊相手にまともに戦えるとは思っていない。たとえ相手が俺だとしても、セイバーとの訓練でその事実はいやと言うほどに思い知らされている。だとしても、ここで。
「死ぬわけにはいかないっ!」
剣を振りかぶって跳びかかる。思い描くのは彼女の太刀筋。あまりにも美しく力強く、ゆえに常に必殺であり続けた彼女の一撃を模倣する。
彼女の動き、彼女の力、彼女の速さ。それらを完全になぞった至高の一撃はエミヤの肩口へと吸い込まれるように軌跡を描き、
――甲高い金属音とともに、粉々に砕け散った。
「未熟者」
エミヤが振るった夫婦剣はいとも簡単に彼女の剣を打ち砕いた。そしてそのまま追撃がくる。とっさに投影。全ての工程をとばしてぎりぎりで投影できたのは、皮肉なことにエミヤの持つのと同じ干将・莫耶だった。
再び甲高い金属音。
かろうじて破壊を防ぎ、そのまま飛び退る。
「足掻いても無駄だ。おとなしく死んだ方が楽に済むぞ」
「誰がおとなしく殺されてやるかよ!」
相手の方が技量は上だ、受けに回ればそのまま破滅するしかない。だからこちらから仕掛ける。一撃、二撃、次々と斬りかかる攻撃はしかし、全て易々と受け流されてしまった。それでもなお続けようとした瞬間、右手の干将が砕ける。
「終わったな」
――終わって、たまるか。
まったく無防備となった右側から来る莫耶の攻撃、それを防ぐ手だてはない。
――終わってたまるか!
ならば、と左手の莫耶を投げつける。たとえ俺の腕では必殺とはならなくとも、投影の時間を稼ぐだけの隙は生まれるはずだ。事実、エミヤは避けるために一旦下がった。俺も下がって距離を取る。
「ア……英霊エミヤ。どうして、貴方がここにいるの?
英霊が呼び出される理由なんて、ここにはないはずだけど」
遠坂が疑問を呈した。それは俺にも疑問だった。何故、コイツがここにいるんだ?
「ふむ。なるほど、ここには英霊が呼び出される理由などないだろう」
「ならどうして!」
「一つヒントをやろう。私は世界と契約する形で守護者となった英霊だ。
そして、セイバーはどうやって英霊となっていたのだったかな?」
小馬鹿にしたような、それでいて感心したような妙な態度でエミヤは遠坂に答えていく。
「セイバーは、聖杯を手に入れるために世界と……」
口に出して気付いた。コイツと同じだ。でも、それが一体何を意味するんだ?
「そう。そして守護者は英霊とは違い、アラヤの力の代行者として使役される。
人の身から出た錆を打ち消すため、多くの無力なものを犠牲にしてな」
最後の言葉には、これまで以上にはっきりとした感情がこもっていた。絶望。これ以上ない絶望を匂わせながら、エミヤは言葉を紡いでいた。
「だが世界は現状では飽きたらず、さらなる力を持った守護者を望むらしい。
――例えば、一度は契約しながら破棄した、アーサー王のような人物を」
「てめえ!」
その言葉を聞いた瞬間、爆発していた。気付かぬうちに、エミヤに斬りかかる。両手には新たに投影された夫婦剣。狙いなどないが、それゆえに限界に達した速さを持つ一撃。
――彼女を、守護者にするだと? コイツが絶望をにじませるような道に、彼女まで引きずり込むのか?
全力で繰り出した一撃は、しかしまたもエミヤに防がれる。さすがに軽く流すことは出来なかったようだが、それでもまだ余裕があるように見えた。
「勘違いするな、たわけ」
エミヤが俺を蹴り飛ばした。腹に衝撃が来ると共に宙を舞う。それでもエミヤを睨み続けた。
「私とて彼女を守護者になどさせるつもりはない。それでは本末転倒だ」
「――え?」
どういう、ことだ?
「今のは私が呼び出された理由にすぎん。
衛宮士郎を殺すことで彼女を絶望させ、再び世界と契約させようと言うのが世界の思惑らしいが……。
とんだ茶番だ」
その通りだ。彼女は過去を否定してはならないことを今では誰よりも理解している。俺が死んでも、そのことに何かの意味を見いだし生きていけるだろう。セイバーは、セイバーなのだから。
「なら……なら、どうして士郎を殺そうとするのよ! アンタにはそうする理由はないじゃない!」
遠坂が叫んだ。既に怒りが頂点に達しているらしい。
「簡単なことだ。彼女が守護者になるのを防ぐためには、衛宮士郎が死ぬほかない。
衛宮士郎が彼女と共にある限り、いつかは彼女に守護者への道を取らせてしまうことになる」
その言葉に俺も遠坂も、怒りを覚えるより先に絶句した。エミヤはただ、セイバーのことを思い行動しているのだ。
「思考も理想も全て借り物。そんなおまえの行く先は絶望しかない道だ。
彼女をそんな道へと引き込ませるわけにはいかん!」
言葉と共に、今度はエミヤが打ちかかってきた。その一撃は視認することも困難。ゆえに、剣が覚えている太刀筋からヤツの剣筋を想像して打つ。次々と繰り出される剣を防ぎ、砕かれ、投影しては防ぎ、防いでいく。だがヤツは。ヤツは、俺の理想であり、それと対極に位置する存在だ。防ぎきれない一撃が肩を、腕を、腿を、脇腹を切り裂いていく。
「全ての者を救うことなどできん。おまえの借り物にしかすぎない理想は幻想でさえない妄想だ。
身の程を知れ、衛宮士郎!」
再び剣戟の合間に蹴りを食らって吹き飛んだ。その瞬間、奇妙なモノを見た。
ふと気付くと、密林の中に立っていた。目の前にはふらふらと歩く、まだ幼稚園児ぐらいの少女。
情報が流れ込む。アフリカの奥地で発生した奇病、全ての人類の破滅を引き起こす力を持った存在。奥地に入り込んだ外部の者から始まったその病魔は一つの村を食らいつくし、この少女を除いた全ての命を奪っていた。
そして理解する。目の前の少女が外に出れば、人は滅ぶと。だから少女を殺さねばならない。
――どうしてそんなことをしなければならないのか!
目の前の少女に罪はない。発生前に外部の者を殺せば、この少女は生きられた。だというのに何故、既に手遅れとなった段階で呼び出されるのだ? どうして罪のない少女を殺すことが俺の目指した「正義の味方」なのだ!
「パパ……? ママ……?」
熱に浮かされ、既にこの世にいない親を呼びながら歩く少女。だが、救う手だてもない。そしてもし少女が外に出れば、人のいなくなった世界に少女の名前が残るだろう。
ヒトを滅ぼす元凶となった殺人病の、最初の発症者として。
むろんそれは間違いだ。だがその前に感染した人々のことなどわからぬまま、人は滅ぶだろう。そう、この時死にゆく人々にとって少女は「悪」だ。病魔よりも彼女の方が槍玉に挙げられる。そう考えれば、たしかに少女は正義の味方が倒すべき相手なのだ。たとえ罪がなくとも。
しかし目の前の少女を見て、どうして殺すことを選択できよう? こういった苦しむ人々を救うこと、その笑顔を取り戻すことこそが俺の望んだ「正義の味方」のはずだった。
いつから、こうなった?
守護者となってもこうなるのは何故だ?
俺はいつまでたっても、弱者を切り捨てるしかないのか?
正義の味方という何かに憧れた男は、涙を流すことすら許されず少女の首に刃を通した。
それはほんの序の口にすぎない。守護者とは始末屋のことであり、掃除屋のことであった。人の世を終わらせる要因となりうる者を、どのような弱者であろうと滅ぼした。それは九を救うために一を切り捨てることを選択してきた男にとって、人生の繰り返しにも似たことであった。その理想は十を救うことであったにもかかわらず。
あるのは、果てのない絶望だけだった。
「ぐっ……げぼっ」
地面を転がり、やっと止まったところで吐いた。ただひたすらに、胃の中のものを吐き出した。胃液が逆流し、それでも吐瀉物はほとんどでない。
今の光景は、目の前の男の過去だ。つまり、エミヤとなった俺が経験したことなのだ。こんなのは……こんなのは……。
「そろそろ終わりだ」
エミヤが無情な宣告とともに刃を振るう。反射的に手にした夫婦剣を振るうが上手くはじき返すことさえままならず追い込まれていった。
正義の味方を目指しても、行く先はあれなのか……?
たった一つ、空っぽになった俺を支えてきた理想が崩れそうになる。その果てにある絶望はあまりに深い。それでも、俺は……。
「現実を直視しただけで崩れるようなくだらん妄想に彼女を巻き込むな。
巻き込めば、彼女もおまえと同じ道を歩むことになる」
最後通牒のようにエミヤの声が響いた。反論しようとしても、言葉が出ない。出せない。
「ちょっと待ちなさい。アンタ、セイバーのことなめてない?」
たまりかねて、わたしは口を出した。
「アンタが今想像しているよりもセイバーはずっと強いわ。
それにわたしもいる。士郎をアンタのようになんてさせない!」
同時に詠唱を開始し、宝石を投げつける。発動する魔術は聖杯戦争におけるAランクにも届こうかというもの。
だが、それをあいつはあろうことか干将・莫耶両の剣を用いて、はじき飛ばしてしまった。
「やはり詰めが甘いな、凛。
相手に身体能力が劣る場合は範囲の広い攻撃や補助を優先すべきだったのだがな」
そんなことはわかっている。当たれば一番効果が高いのは直接攻撃だとしても、当たらなければ意味がないということは。でもわたしの狙いはそこにはない。確実に、相手に十分な隙を作り出すこと。十分な効果がなければ、その影響を無視して士郎を殺されかねなかったのだ。ならば、少しでも相手を警戒させるのが正解。
「士郎。セイバーを目の前にして諦めるつもり?
アンタの今の姿見たら、きっとセイバーは悲しむわよ」
セイバーの名前を出す。それしか、きっと今の衛宮君にとって、唯一の希望だと思うから。アーチャーの夢を見たから、あいつの絶望は痛いほどによくわかった。それが降霊術のような過程を通して、士郎に伝わってしまったのだろう。でも、このままではいけない。私のために戦ってくれたあいつのためにも、目の前のあいつをどうにかしなければ気が済まない。だからもう一度叫んだ。
「士郎!」
セイバー、という単語が聞こえ、顔を上げた。視界の隅にちらり、とセイバーが映る。
――彼女に会うために、ここに来たんだろ。
その言葉は自然と浮かんだ。そうだ、俺は彼女に会うためにここまで来たんだ。ここで挫けてどうする?
そう、理想はもう一つあった。彼女の生き方、それを美しいと思い目指した。正義の味方も、彼女の生き方も借り物の理想かもしれない。だが、その理想の彼女はどうだった? 絶望に挫けたか?
――彼女は、最後の滅びまで含めて、それを肯定して見せた。
絶望に包まれ、それでもなお自分の生き方を肯定した彼女を理想とするのだ。そんな俺が、どうしてここで挫けられる。挫けてたまるか。俺は、絶望しない。
始まりは自分のものではなかった。だが、それでも。
彼女の生き方を美しいと思ったその心は、まさしく自分のものではなかったのか。
ならばこの思いは自分のものだ。理想は自分のものだ。そう、この今抱く理想も、思いも……。
「間違いなんかじゃ……ない!」
顔を上げた瞬間、振り下ろされようとする刃が見えた。即座に干将・莫耶を投影、全身全霊で打ち込んで刃を受け止める。今まで以上に激しい金属音。だが、もう夫婦剣は砕けない。数多くの投影をこなした剣、俺が未来において多用したのであろう一対の刃。当たり前のように俺になじみ、簡単に全ての工程をとばして投影することができた。そして長年連れ添ってきた相棒であるかのように体が動く。
結果、エミヤと互角とまではいかないまでも動きについていけるようになっていた。
「この動き……まさか降霊術の一種となったか」
エミヤが顔を顰めながらつぶやいた。
前世を降ろす降霊術、というものがある。前世と自身を同調させることで前世における知識などを得るものだが、前世でさえこれが可能なのである。同じ人間である場合はなおさら可能であると見るべきであろう。そして現実に。
衛宮士郎は、エミヤから経験・知識などあらゆる情報を引き出しつつあった。
記憶や記録は、今までの衛宮士郎を幾度となく絶望に追い込むほどの力をもっていた。それでもなお、今の士郎は絶望しない。それを受け入れるだけの心構えが出来ている。セイバーを目の前にして、共にあって、負けるはずがなかった。
間違いなんかじゃない。
士郎の言葉は、エミヤの心に深く楔を打ち付けていた。
――絶望を知ってなお肯定した目の前の自分は、本当に自分なのか?
『衛宮士郎』がいる限りセイバーを救えない、という考えは本当に正しいのか。ただ自分を殺すことで矛盾を発生させ、あわよくば自身の存在を英霊の座から抹消させようという欲望で動いていただけではなかったのか。
疑問は、剣を鈍らせる。
「間違いなんかじゃないんだ!」
いつの間にか立場が逆転していた。そしてとうとう相手の剣を抑えきれず、吹き飛ばされる。だが一番痛いのは、間違っていないという言葉の持つ重みだった。
どうして肯定できる?
どうして絶望しない?
それがかつて追いかけた彼女の姿だったのかもしれない。今更ながらそのことを思い出した。それでも譲れないものがある。衛宮士郎自身の問題はそれでいいのかもしれない。だが、それが彼女のためになるかどうかは不明瞭なままだ。
吹き飛ばされた勢いを利用して距離をとる。間合いは十分、詠唱に問題はない。
――ならば、私は全力でヤツをはねつけねばならない。
"――――I am the bone ofmy sword."
詠唱を開始する。これが唯一の、私の……いや、オレの本当の意味での武器だ。
"Steel is my body, and fire is my blood."
背負ってきたものを振り返る。
"I have created over a thousand blades."
切り捨ててきたものを想う。
"Unknown to Death."
"Nor Known to Life."
"Have withstood pain to create many weapons."
オレでなければ、あるいはオレに力があれば。そんな思いを抱えてきた。
"Yet,those hands will never hold anything."
オレはオレの信ずる通りに行動する。それがセイバーのためだと自分に言い聞かせて。
"So as I pray, unlimited blade works."
ヤツが詠唱を終えた瞬間、炎が世界にほとばしった。世界が姿を変える。塗り替えられる。
気付くと、その場の風景が一変していた。黄昏の世界、空に浮かぶ歯車、地で燃え上がる炎。そして、無限に連なるかのような剣の群れがそこにはあった。言うならば製鉄場。これは――――。
「――固有結界。
あまりにも規格外な投影魔術だとは思っていたけど、まさかそういうことだったとはね」
凛が呟いた。魔術師においても一部の者しか至ることが出来ない、禁忌中の禁忌。それが、俺のいつの日かの到達地点だというのか。
無数の墓標は、そのどれもが本物の名剣であり、それゆえに本物ではなかった。だからこそ言える。これは、間違いなくエミヤの心を写しだした世界だと。
ふわ、とエミヤの後ろに数多くの剣が浮かぶ。どれも宝具と呼ばれるにふさわしい名剣だ。あれを全て放たれるとまずい。あの数を一度に投影できるとは思えない。それでも、やるしか……。
「粘る方が辛いぞ。諦めれば一瞬で楽になれる」
いちいち癪に障ることを言い放ち、エミヤは無数の剣を一斉にとばしてきた。
実際の数は無数にはほど遠い。だが一度に避けきれる限界を超えているのならば、それは数え切れない数の剣にも等しい。実際の数は十四といったところだが、その速さと範囲は俺に避けることさえ許さない。ならば。
不可能を可能にする。俺の理想にも通じること。そうだ。
――この程度のことが出来なくて、正義の味方などという理想を貫けるはずがない。
到達までの時間は瞬きほど。目視した瞬間に全てを解析し、その理念や骨子を投影に結びつける。回路が焼け付くように暴走を始める。全身の血管が切れていくような痛みと喪失感。下手をすれば気を失いそうな感覚に耐えながら、全十四の剣を投影してとばした。間一髪、俺に当たるほんのわずか手前で全てが相殺される。
「ふむ。この数では投影されてしまうか。ではこれならばどうだ?」
アーチャーが皮肉げに感心したかのような言葉を吐く。それとともに背後に浮かぶ剣。数は先程よりずっと多い。瞬時、確信した。投影で対抗しても、間に合わない。
「悟ったか。諦めろ、それが唯一の方策だ」
諦めるわけがない。そんなこと出来はしない。だが、絶対的に数が足りない。盾を出そうにも、盾など俺は知らない。ヤツならあるいは知っているのかもしれないが、剣でもないものをまともに投影できる自信もなかった。
刃が放たれる。そのどれもが必殺となる力を持っているのは間違いない。対抗して投影し、放つ――!
「……なんだと?」
三十を超えようかという剣の群れ。全てを投影しきることなど、オレでも固有結界を展開しなければ負担がかかる領域だ。ヤツには出来ない。逃げれば辛うじて命は助かるかもしれない、が……。
必殺だったはずのそれに、衛宮士郎は投影をもって立ち向かってきた。
十を超える剣が放たれ相殺された。だが、まだ半分は残っているのだ。それで勝ったはずだったのだが、何かに激しくぶつかり砕け散る音が立て続けに鳴り響いた。
「ばかな……!」
衛宮士郎は目の前に自身の体を覆い隠すほどの巨大な剣を投影し、それを盾としたのだ。その剣には見覚えがある。聖杯戦争の時、セイバーとともに倒した狂戦士。ヘラクレスの使っていた剣に相違なかった。
盾がないなら、剣を盾とすればよい。その考えにはすぐに至った。そして最も適した剣を俺は既に知っている。宝具ではないにもかかわらず、セイバーをまともに打ち合うだけの強度をもっていた斧剣、バーサーカーの剣。それでは盾にならない武器のみ相殺し、残りを防ぐ。勢いまでは相殺しきれずあるいは砕かれ、あるいは貫かれたが、それでも一本を除いて体に届くまでに殺しきった。その一本を同時に避けて転がる。勢いがほとんど死んでいたおかげでぎりぎり避けられた。
転がって移動し、立ち上がるとちょうどセイバーを背にしていた。いつもとは逆の立場。だが、だからこそ負けられない。失敗は許されない。
睨みつけると、エミヤは既に背後に剣を浮かべていた。
「少々過去の俺というものを見くびっていたようだ。だが、次はない」
背後に浮かぶ剣が増えていく。その数は五十を超え、六十を超え……。
「なん……だと……?」
百を超える剣がエミヤの背後に浮かんでいた。
「避けても構わんぞ。俺としては取りたくない手段だが、セイバーを殺しても目的は達成できる。
――もっとも、おまえには避けることさえ不可能だろうがな」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、全ての剣が一斉に放たれた。
これを防げる盾などない。たとえ最強の盾であろうと、いつかは必ず貫かれてしまう。それだけの力があるのは確実だった。だがそれでも、俺はセイバーを守らなければならない。
それを可能とする奇跡は、たった一つ――!
光が溢れた。
「全て遠き理想郷だと――!」
俺の手にあったのは、彼女のための剣の鞘。俺の体の中にあり続けたモノ。それは展開されたとき何者の干渉をも許さない絶対障壁となる、盾という概念を越えた最強の守り――!
エミヤの焦りが見える。だが、既に今は絶好の機会だ。
――逃すはずなど、ない。
"――――I am the bone of......"
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後編に続く
(初版:09/21/2004)
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